急に思い立つ
2009年、友人と行ったドイツに味を占めた私は、本格的に就活やゼミで研究が始まる前にサクッと1人でヨーロッパに行きたいなと思っていた。学内に掲載されていた海外ボランティアのチラシを見て、夏休みにフランス郊外で3週間のボランティア参加+パリ観光をする計画を立てた。
いろいろな国の若者が1つのボランティアプログラムに参加する形式で、日本人同士や友人同士で固まってしまうことが少ないのが売りのようだった。社交性が高いわけでもなく、積極的に交流の輪を広げるのも躊躇してしまう自分がよくやるなと思うが、20歳あたりの自分探しの延長だったように思う。知らない土地なら普段と違う自分で頑張れる!っていうやつ。
計画だけは完璧
ボランティア内容は「フランス郊外の遺跡の修復」だった。一度は訪れてみたかったフランスと、遺跡の修復という面白そうな内容に惹かれ即決する。今思うと、学内の英語教師に相談するわけでもなく、説明をgoogle翻訳か何かにかけて読んだだけだったので、最初から勘違いしていたのかもしれない。「人に相談する」ことは2024年になった今でも苦手分野であり明確なウィークポイントなので、これもまた何かの機会に意識を変えたい。
平日も休日もモリモリとバイトをしていたとはいえ、学生なのでなるべくお金をかけずに時間をかける選択をした結果、仙台→東京→羽田→関空→ドバイ→パリの片道で24時間はかかってそうな旅程でスタート。乗り換えで訪れたドバイの金!金!金!(キンでもありカネでもある)に慄く。フランスのシャルル・ド・ゴール空港には昼過ぎに着いた。ボランティアの始まる前はパリのユースホステルに泊まって観光、ボランティア後は日本人女性が普段住んでいるパリの部屋をAirbnbの要領で貸してもらい観光して帰るという算段だった。
頑なに人に聞かない
ボランティアはリヨン方面のさらに郊外で行うので、言うなれば「フランスの片田舎」ちょっと素敵な響きがあり、初めての海外一人旅でそれはもう順風満帆なおフランス滞在になるだろうと浮かれていた。「人に聞く・頼る・相談する」ができない私は空港からのバス乗り場に迷い、パリ市内からメトロの入り口とチケットの買い方で迷い、ユースホステルまでの道のりで迷っていた。
流石にチケットを買う際に、クレカが券売機で使えずに窓口で対応してもらうためにやっと人と会話をしたが、もちろん日本のような優しい窓口ではなくイライラされながらの対応のため心を削られることになる。数メートル先であらゆる扉を押さえて待ってくれているフランス人男性に感動しつつ、下ろしたばかりの厚底のサンダルで靴擦れをおこしながら扉に向かって早歩きをする私は、己の準備不足を呪うのだった。
危機管理能力が低すぎる
ユースホステルまでの道のりで迷っているとイタリア人のマルコという爺さんに声をかけられ道案内をしてもらった。私が歩きながらガイドブックを出そうとカバンを開けてゴソゴソすると、そういう行動は危険だからするなと注意され、その後なぜかカフェでワインを奢ってもらい、なぜか歩きやすいサンダルを買ってもらい、なぜか自宅で夕食を一緒に食べようと誘われた際には流石にやばいだろと思い断った。今こうして書いていると、ぬくぬく育ってきた20歳そこらの己の危機管理能力の低さにゾッとする。将来、子が大きくなって海外に一人旅をする!と言い出したら、ありとあらゆる怖い話をインプットして最大限に警戒させようと思う。
ぐったりしてユースホステルに戻り、二段ベッドの上の段でシーツを敷くのにもたついていると、下の段にいたオーストラリア人のおばさまにこうやるといいわよと手伝ってもらい、一人旅の醍醐味っぽい「旅先の人との交流」に心を落ち着かせられた。そのまま爆睡して1日目が終わった。
感情を表に出さずに行動する
翌朝、6人ぎゅうぎゅうだった部屋にはもう誰もおらず、2日目を迎える。朝食付きのホステルなのだが、食堂のようなスペースにコーヒー・ジュース・パンが置いてあり、それを勝手に食べるスタイル。冷蔵庫や電子レンジがあるので、近くのモノプリ(スーパーやコンビニのような店)で買ってきたものを各々食べているようだった。
この日はパリ市内の観光スポットをとりあえず回ってみようと、前日の教訓から「なるべく観光客っぽく見えないように堂々と振る舞う」のを心がけて行動する。キョロキョロせず、目的を持って歩いているような顔つきと移動速度を保ち、何か調べたいときは壁を背に警戒しながらiPod touch(当時はスマホを持っておらずガラケーは使えないためiPodをメイン機にしていた)を触る。道で風景写真を撮るのも観光客っぽいため、街中の写真はほぼ残っておらず、美術館や室内から見た外の景色などが多かった。
とりあえず注文方法に自信がある(大学4年間バイトをしていた)スタバに行き、見たことのある風景とWiFi環境にホッとする。
身なりの良さ
ルーブル美術館近辺で団体旅行客を見つけては、すでにちょっと恋しくなっていた日本人と日本語の会話に聞き耳を立てたり、明らかな観光客向けの店でべレー帽を買ってみたりなどしつつ、パリの雰囲気を知るために街歩きに勤しんだ。気づいた点としては、夏の薄着は上半身と下半身どちらを薄くするかというと、ヨーロッパの女性は上に比べて下は露出が控えめなんだなと。ショートパンツを履いてるのはアジア人女性かアメリカのビッグマムみたいな人しか見かけず、ワンピースやドレスであれば足をガッツリ出している人もいるが、大体はデニムや長いパンツを履いて上半身を露出している。上半身の重ね着もほぼ見かけなかった。
そして、フランス人かどうか、綺麗な身なりをしているかどうかで店員さんの態度が違うというのがハッキリとわかり、この街では見た目がかなり重要で、アジア人である場合は「アジアンビューティ」と言われるようなあのスタイルが「美」としてわかりやすい記号なのかもしれないなと思った。差別だどうだと言うつもりはなく、サービスを受けられる基準がハッキリしているので、合う人には合うだろうし合わない人には合わないのがハッキリと分かれる街なのだ。
人生の経験値
昼過ぎにホステルに戻ると誰もいなかった部屋に1人、新しくチェックインした年配の日本人女性がいた。教師をされていた方で、退職後は1人で各国を旅行しているとのことだった。一緒にワインやご飯を部屋でつまみながらお話しをする。その方は夏になるとイギリスのグラスゴーに行き、学生たちがみんなバカンスで帰国しているため寮に泊まることができるのでおすすめだという。お話しを聞きながら、自分の人生経験が薄く、何も面白い経歴を持っていないことが気恥ずかしく、自分が彼女ぐらいの年齢になったとき、人に面白い話をできるのだろうか、面白い人生を歩んできたと言えるのだろうかと考えるきっかけになった。
ここでもまた一人旅の醍醐味っぽい「旅先の人との交流」を得ることができた。翌日はTGVに乗りボランティア先の街に向かう。
TGVに乗っている時の記憶がない
フランス語はボンジュール、メルシー、数、シルブプレのみ、自身の英語が拙いこともあり、市内で人に通じないシーンもあったため、意思疎通のためにできることを準備し始める。旅行で使えるフランス語一言集を真剣に読む。
TGVはネットで旅券を予約できていたが、TGVの駅からさらに電車に乗る必要があるため、それを窓口で購入する必要がある。フランス語で駅の名称を正しく発声するのはスーパーむずいので日時と駅名を手帳にでかく書いて見せることにした。carnetカルネとticketティケとbilletビエの違いがあり、鉄道の場合はbilletが券になるらしい。とにかく目的の駅に時間までにつけばいいのでいくらかかってもいい…!という気持ちで臨んだ。
無事TGVに乗ったのだけど緊張していたのか興奮していたのか乗っている時に何をしていたかの記憶が全くない。無事電車に乗り換えて目的駅に着くと、ボランティアプログラムのファシリテーターのジョージアナが待っていた。ジョージアナはフランス語イタリア語スペイン語英語と日本語が少しわかる才女。日本で事前にメールのやり取りをしていたので安心感があった。知的で頼れるリーダーのお姉さんという印象は後に暴君へと変貌する。